Grayman GunmetalGray 暗殺者の飛躍

前作CIA部長、カーマイケルとの決着が終了し、目撃次第射殺命令が解消した。前作は控えめに言っても素晴らしい出来栄えの長編で、続編では物語の山場が終了し失速すると思われた。

しかし今作は予想を裏切り、さらに緻密で複雑で大胆な作戦が展開し、前作を超える面白さ。前作から一年ほどしかたっていないのに、これほどのクオリティの作品を執筆し続けているマークグリーニーは紛れもない怪物である

私のミリタリーの知識では、あら捜しすることすらできないのだが、探せば変だなという部分はある

アメリカが大勝利しすぎ

いきなりネタバレになるが、エーゼスハイ作戦は成功し、ターゲットである范講、今作でヒロインとなるゾーヤはジェントリーのがんばりにより、意図せずCIA引き入れた

范講は、中国の61398部隊に所属しハッキングについては世界最高の技倆をもち、中国の極秘情報ネットワークの弱点を知り尽くしている。ヒロインゾーヤは最強主人公並みの資質と技量をもつ、SVR(ロシア対外情報庁)将校である。

作者のマークグリーニー氏は、ミリタリー作家だけあって、超シビアな視点をもつ現実主義者である。ジェントリーが相変わらずものすごい過酷な戦いを繰り広げて紆余曲折の上の勝利なので、このハッピーエンドは、エンターテイメント的に正しい。むしろ范講(ファン・チアン)や、ゾーヤ・ザハロワも含めて全員死ぬ、皆殺しエンドのほうが暗すぎるだろう。

しかし今作ではあまりにもアメリカが大勝利しすぎて、本作中のミリタリーバランスが危うくなっている。JSOCに並ぶとされる、ロシアの精鋭特殊部隊であるザスロンが壊滅。中国人民解放軍特殊部隊の戦闘員30人余りが死亡するか拘束されている。ほかにもジェントリーの奮迅より作戦が成功し、ジェントリーとCIAの中がより強固になり、加えCIAは戴龍海を捕獲している。

ジェントリーが范講がアメリカに引き渡さないのはおかしい。

あまりにもジェントリー陣営が勝ちすぎてしまったため、敵が弱くなりすぎて続編の切迫感が失われるかもしれない。そのための布石なのか、最後にジェントリーとCIAが喧嘩別れして、ジェントリーは一匹狼に戻って終わった。

事前に范講と潜伏し、兄弟と仲良くなるな描写があるのだが、ここが今作で一番ご都合主義的に感じる。このあとCIAの姦計にはまるのだが、その悲惨さを強調させるためにジェントリーと范講を仲良くさせたように見える。ジェントリーと范講はこの前からほとんど面識がなく、ジェントリーはそんなに打ち解けるようなフレンドリーなやつではない

范講がアメリカ行きをかたくなに拒み、台湾に固執するのも不自然に見える。范講は英語ができるし、アメリカ人のジェントリーは犯罪組織以外で、唯一范講を保護した人物である。両親を謀殺したのはアメリカのカーマイケルCIA元本部長だが、そのことを知らないわけだし、反米に傾くとは考えずらい。

あえて理由を考えれば、范講は愛国者で、自分を殺そうとする中国にまだ愛着があり、宿敵アメリカに加担したくないと考えられる。ただ范講の家族は全滅しており、そこまで中国に未練があるとは思えない。

またそれを承諾し、アメリカを裏切り、台湾に引き渡そうとするジェントリーも不自然ではある。

ジェントリーは本人の意思を尊重したいという理由で台湾に送ろうとするが、上記の理由を考えれば不自然ではある。結局最後スーザンが武力でジェントリーを屈服させ、強引に范講をアメリカに拉致するが、むしろ当然の判断だと思う。

この強硬策も含めて、スーザンはクッソ有能で、ジェントリーに憎まれながらも大活躍している。羊たちの沈黙のジャック・クロフォード課長に匹敵するほどである。クロフォード課長は作中では組織では優秀程度の扱いだが、あの怪物と呼ばれるレクター博士について不自然なほど知悉しており、なんどか博士を手玉に取ってみせる。

結局ジェントリーはそれにすごい反目して、一人でヨーロッパに降り立ってしまうが、作者都合の展開なのかもしれない。ジェントリーがCIAに属していると、緊迫感が薄れるので、スーザンとジェントリーを無理やりに喧嘩別れさせたと見えなくもない。

グレイマンの性格が変わりすぎ

しかしジェントリーの性格は前作までとは一変しており、アメリカンなジョークをよくいうような明るい感じになっている。CIAとの決別が終了し、目撃次第射殺命令を取り下げたので、今までとは一変して明るくなったのかもしれない。そんなジェントリーのアメリカンな性格をうかがえる、今作で一番面白い描写がある。暗殺者の飛躍上巻より、范講を捕まえ追撃者を逃れるために、逃走がてら発電機に発砲して爆発させるシーン

 コート・ジェントリーは、野球帽の手製暗視装置をずらして、別荘の屋根よりも高く湧きあがった巨大な火の玉を、肉眼で見た。炎の先端は、闇夜に呑み込まれている。うまくいくことを願って、土手から発電機に向けて、十数発を放ったのだが、高望みの期待を上まわる結果が出た。

 ディーゼル燃料はガソリンよりも燃えにくいが、熱した銃弾が発電機の覆おおいを突き破り、六万ワットの発電機のしかるべき部分に命中して、火花が散れば、圧縮された混合気に引火するはずだとわかっていた。その爆発によって、重さ二トンの発電機も、激しい誘爆を起こす。現場でもっと小さな発電機が被弾するのは、見たことがあったが、こんな大爆発を見るのは、はじめてだった。

 一瞬、誇らしい気持ちになり、だれかに写真を取ってもらえばよかったと思った。

ジェントリーはゴルゴ13より寡黙な人物だが、根はヤンキーなので、ドンパチやって、派手に爆発するのが好きなのだ。またほかにも以前のジェントリーでは見られないような、アメリカンなジェスチャーがある。范講がかくまわているベトナムの別荘を、スーザンから知らされるシーン。

「ピザを届けてもらえるか?」
ジェントリーは、スーザン・ブルーアのことをよく知らなかったが、ユーモアのセンスがあまりないことには気づいていた。数秒後に、スーザンが答えた。
「あなたの偽装を守るのには役立たないわね」
ジェントリーは、まわりにだれもいないことをたしかめてから、あきれて天を仰いだ。雄牛を追っている女は、五〇メートルほど離れ、背中を向けていた。道路には、ほかにひと気はなかった。

武装したギャンが周りを固める別荘に、単独夜間襲撃を計画するという切迫した状況。ジェントリーはわざわざスーザンのジョークのセンスのなさを大げさに嘆くジェスチャーをした。周りに誰もおらず独りぼっちなのに

堅苦しく言えば主人公の性格が今までのシリーズと変わりすぎと批判されそうだが、面白いからいいんじゃないかなと思う。

日本の存在感

グレイマンシリーズは世界のあちこちを舞台にしていて、中国などのアジア国家も含め主要国家は大体登場する。一方我が国日本については、自動車の名前と忍者という単語が時々登場する程度である。

マークグリーニーは日本の位置づけをどんなもんだと思っているのかな、気になるところだなとも思っていたのだが、それを推し量るセリフがあった。下巻のゾーヤザハロフの通信セリフである

 すこし間があり、女がいった。『ちっとも話を聞いていないのね! この作戦はきわめて重要なのよ。中国の勢力拡大を鈍らせるために、わたしたちは手を打つ必要がある。中国は二年以内にアジアを呑み込んでしまう。ロシアはそれを阻止できない。アメリカもやらない。中国に殺される前に范講を捕らえることができれば、わたしたちのために働かせる……それには、想像を絶するほど大きな意味があるのよ。中国の秘密情報や、国防通信網をあばくことができる。中国の秘密活動や要員の実態がわかる。ロシアはおろか、西側が、中国に対する力のバランスを優位にする、絶好の機会なのよ』

セリフに米国の同盟国である、日本の名前は一切登場しない。つまり蚊帳の外という認識だと思われる