魔法使いのテイザ - ミリーの里帰り

ドラゴンイーター

ミリーの里帰り

オーウェンはあちこちの村々を回る生活を続けており、
子供たちとその保護者たちに、読み書き計算など初歩的な学習を教えていた
子供のみならず親にも勉強を教えていたのは、
そこに住む親たちも教育を受けたことがない者が多く、
今後誕生する子供に勉強を教えられるようにするためでもある
それが終わると、オーウェンは別の村に旅立っていった

オーウェンはそんな渡り鳥のような生活を10年近く続けており、
最後にたどり着いたルッコラは、略奪され燃やし尽くされてしまった
村食いという略奪者と対峙したとき、自分が教えた学問は役に立っただろうか?
その答えは自問するまでもなかった

オーウェンはルッコラで授業を開いており、
子供たちからミリーのことを聞いてはいたが、ほとんど面識がなかった
ミリーはいわゆる不登校児で、ほかの子たちと顔を合わせるのが嫌だから
という理由で、オーウェンの授業には来ていなかったのだ

ミリーは9才であり、すぐにでも読み書きを教えなければならないと心配していた
それでミリーを何とか授業に来させよう思いとミリー宅に出入りし
保護者であるソノコやメリーと協力して、ミリーに会おうと苦心していたが、ついぞかなわなかった。
ミリーは鼻が利くうえ用心深いため、オーウェンの気配を察知すると家には寄り付かなかった
その上、かくれんぼの達人なので、捕まえられないのも無理はない

オーウェンはメリーと、ミリーのことをたびたび相談することがあった
メリーは、「妹の人見知りと人間嫌いは心配だが、勉強はちゃんと教えている」と言っていた。
姉メリーの言っていることは正しかった
今オーウェンは、ミリーの家庭教師のような立場で傍らにいるが
ミリーは他の子供たちより、読み書きも計算もずっとできており
すでに小学校で習えるカリキュラムは必要がないほどだった

オーウェンはミリーを自分と同じく、頭脳明晰で、魔術の才能を持つ
理想的な魔術師だと判断し、すぐにミリーに魔法の学習を始めた
スペルブックや魔法の概念は難しい文章や難解な図柄で書かれており
ミリーを魔術師にするには、まず高度な読解力を教育しなければならない
と思っていたが、その懸念は消えたのだ
テイザのような手のかかる児童ではない。むしろ逆だ

テイザは勉強もしつけもからっきしで、ミリーとは逆の生徒だった
オーウェンはテイザが9歳の時に彼女を捕獲して、
脱走しないように首輪をはめて連れまわしていた
そのときテイザはまだ小さくやせ細ったトカゲの女の子で
じっとしていられない性格の上、勉強が大嫌いだった

オーウェンはルッコラについて、ミリーにきりださなければならないと覚悟を決めた
二人で食事がてらに話そうと思ったのだが、
ミリーはテイザと一悶着があって機嫌を損ねているらしく、
部屋から閉じこもってまた勉強を始めてしまった
食事の時間だからと読んでも、「勉強に集中したいから、後で食べます」といって部屋から出ようしない

しぶしぶオーウェンは食事が冷めるからとか、
規則とマナー、連帯生活になれるためと言って、半ば強引に食事に連れ出した。
ミリーは気難しく大人びた子供で、オーウェンには何かと扱いが難しかった
この点もテイザとは逆で、あのトカゲは食べものを使えば簡単に釣り上げられた

ゴーストタウンと化したルッコラ

ミリー。勉強も結構だが、休むことと食べることを犠牲にしてはならない。君は育ち盛りなんだから

わかっています。一区切りついたら休むつもりでした

今日は悪い話をしなきゃならない。ルッコラのことだよ

どうせ誰もいなかったんでしょう。
みんな死んだって、私わかってるから

まだそうと決まったわけではない。
でももっとまずいことになった。
あの村はアンデットが出現するようになったんだ

アンデット?

ゾンビとかスケルトンとかそういう死者たちをアンデットというんだ
君はナイトメアを見れるかね?クロンチョと呼ばれているんだが。あれもアンデットと呼ばれる存在なんだ
ウィスプのように実体もないし、限られた人間にしか見れないが、確実に存在する

あたしは他の人とは違って、ナイトメアを見れるし、なにかも知っています

じゃあ説明を省こう。
ナイトメアが増えていて、ゴーストと呼ばれる厄介なアンデットが出現したんだ
村食いで殺されたみんなのなれの果てなんだろう

あんなひどい目にあったんだ。仕方ないと思う

そこでだ、ルッコラのアンデットの討伐を君に任せたい。これは最初の試練となる
ルッコラに行くのは大変だろうが、それ以上のことは望まない
一週間程度村の様子を見てきてほしいんだ
君が生きている姿を見せれば、アンデットも鎮まるかもしれない
もちろん今すぐじゃない。一か月後で、それまでに必要な魔法とアウトドアを習得してもらう

先生。その話あのトカゲ女から聞いたんでしょ?
あの女は信用できない。あいつは屑でうそつきの臭いがするんだ。

あのリザードマンの捜査官は、屑でもトカゲでもないよ。
彼女にはテイザという名前があるんだ

あの女、あたしのことを雑種とか糞ガキとか言って、ルッコラをチンケな村って言ったんだ
テイザなんて名前じゃなくて、屑トカゲとか糞女だと思います

君がテイザを信用できないのは無理もない。だが彼女が嘘をついてるとは思えない
ルッコラにはもともとナイトメアが日に日に増えていたのだ。テイザの報告は驚くに値しない

あたしあの女もナイトメアも大嫌い。
ナイトメアだってほっとけばそのうち消えると思う

ミリー。ナイトメアは死んだ人間の魂だ。君のかつての友達かもしれないよ

そんなのあの村にはいない

オーウェンはため息をついた

いいかね?君にどうしても実戦を積ませたいのだ。
少し早すぎうえ、危険すぎると思うが、今を逃せばルッコラに帰れる日は来ないかもしれない
もうこの街を離れて都市部まで行こうと思うのだ
僕の蓄えも心もとないし、君も騎士を目指すのであれば、同行しなければならない
おそらく・・・君が魔術として大成すれば、これを逃せば故郷の土を踏むことは二度とないだろう

それとルッコラに行くことは関係ないでしょ

君が村食いの連中に復讐したいのは知ってる。
それは魔術師になって、魔法の力によって解決できるものではない
村食いは村を襲うのが仕事だ。
追跡して戦う時がくれば、場所は人里離れたルッコラのような村々になる
そして戦いは魔法の技術を競うものではない。殺しあいだ
ルッコラという場所も、アンデットという敵も、君の復讐の教練にちょうど良いと思う

先生はルッコラのことを悲しいとか痛ましいとか思ってるの?
あの女みたいに、他人ごとみたいに言ってる
やっぱり先生は他所の人なんだ

ミリー、ルッコラに行く気意思はない。ということかね?

はい。先生もあの女も信用できない。理由はさっき言いました
そんなことより魔法を教えてください

ならこうしよう。ルッコラに行く気がないなら、魔法を教えない

え、なんでですか・・・

ミリー。君にはいったはずだ。
魔術師になることはこの先手に入る幸せを捨てて、血塗られた道を行くことだって
ソノコさんは君の幸せだけを願っている。だから絶対に反対したはずだ
他のルッコラのみんなだってそうさ。君に復讐を望んだりするものか
君のためを思えば、魔法を教えることはできないんだよ

それとルッコラに行くこととは何の関係もない

僕は君が復讐を成就して生き延びるのであれば、魔法を教えるべきだと思うんだ
そのための試練として、ルッコラのアンデットと戦うのがふさわしいと考えている
もし君が魔法の力だけで村食いを狙うのであれば見つけられないか、返り討ちに合う可能性が高い
だからあえて魔法を教えたりせず、立派なお嫁さんになる勉強でもしてもらおうかな

ミリーは顔をゆがめた。そんな退屈な人生死んでもいやだ

でも私には魔術師にならないと・・・身寄りもないわけだし

僕が面倒を見るよ。僕が宮廷魔術師に戻れば君を養うのは簡単なんだ
幸せで安全な生活をおくれる。ソノコさんもそれを望んでいたはずだ
ルッコラに行くのは、魔法を教える交換条件だよ。君には恩も義理もない
僕ほどの魔術師が、君にただで魔法を教えると思ってるのかね?

卑怯者・・・ミリーはぼそっとつぶやいた

ミリーの里帰り

ミリーは荷物が一杯に積み上げられた荷馬車の中で座って、外を眺めていた
外から真夏の太陽の眩しい光が差し込み、セミがうるさいほど鳴いている
ミリーは麦わら帽子を深くかぶって、なるべく日射を浴びないようにした
荷馬車が歩を進めるにつれて、座っているミリーもゴトゴトと揺れた

荷馬車の麻袋の中には小麦、たるにはニシンの塩漬けと玉ねぎのスライスが詰まっていた
クリザリドと戦争しているラファエル軍への兵糧なんだとか
この手の兵糧を運ぶ一団は、クリザリドとラファエルの国境をめざし、
焼け落ちたルッコラの跡地の付近を通る
これに目をつけ、オーウェンはミリーを同席させたのだ
クリザリドが劣勢ゆえ、襲われる心配は少なく、ごく普通の商人たちが輸送しているものもある

商人は小さなミリーの姿をみたとき、鼻で笑ったが
オーウェンが「魔術師を目指す私の弟子で、修行のために焼け落ちたルッコラを目指している
今は少女だが、将来有望な魔術師であり、護衛役として十分勤まる」
というと、血相を変えてミリーを荷馬車に乗せることを承諾した

ひとつオーウェンから言われていることがある。
何かトラブル、同席した商人か、野盗が襲ってきたら、躊躇なく殺せと言われている。
それがラファエルの正規兵だった場合、オーウェンの弟子であることを必ず宣言すること
自分を守るためでもあるし、それもまた訓練の一環だと

ミリーは思った。今更ルッコラに帰ったところで何があるんだろう?
クロンチョが大量にいるのは理解できるが、あれがどうにかできると思ったことはない
クロンチョと戦うことが修行なんだろうか?
レンジャーとしての訓練にはいいかもしれないが、
こんなことをしていて村食いを倒せるんだろうか
自分の最大の目標は、魔法の力でコーカスを八つ裂きにすることだ。
それもなるべく長く生かしておき、苦しめるやり方で

ミリーはアウトドアの教練本を取り出すと、無言で読書に没頭し始めた
真夏の熱気は熱かったが、ミリーは自分の指先に氷のつららを生成すると、それをぺろぺろ舐めはじめた
ミリーはマナを集めて氷を生成できる。
つまりそれから水分を摂取できるので、飲み水に困る心配はない

ルッコラの今

自らの故郷であるルッコラが見渡される場所まで来た
輝く太陽によって地上は明るく照らされ、焼け落ちた民家の姿が見えた

こりゃひでえな。村食いはここまでやるのか。
なにもかも瓦礫の山になっちまってる
お嬢ちゃんついたよ。しかしこんなところに何の用があるんだい?
わしと一緒に兵隊さんに食べ物届けに行かないか?
戦場まで行くことになるが、ここにとどまるよりかは何ぼかマシだろう

いいえ。あたしは、このルッコラに来るのが目的だったんです
ここまで連れてきてくれてどうもありがとう。
おじさんも達者で

丘の上からルッコラを見渡すミリー。
あの時と変わっていない。
ルッコラの村は斜面に畑と民家の跡が転々と立ち並んでいる
民家は村食いの放火されて、崩れた柱だけの姿になっており
雑草が伸びて、その残骸が徐々に覆い尽くされてきている

あの時と変わってない。自分が母と姉と故郷を失った運命の日のままだ
ルッコラは夏が一番快適な季節である
空は輝かしい太陽が昇り、真っ青な空を真っ白で大きな雲がゆっくりと流れている
日差しは熱すぎるが、木陰や民家のひさしに入ると快適な熱気になる

ミリーはルッコラの空しい姿を見て、どうしようかと目的を失ったが
まず、自分の家の前まで行ってみた
しかし自宅を目の前にして、かつての自分の家は崩れ落ちた残骸のままだ

村食いから逃げ延びた次の朝は雨が降った。その雨はまるで自分の涙のようだった
ミリーはここで家の残骸に埋もれた母親の右腕を見つけて泣いていた
ミリーはあの時のように、家の残骸を前に茫然と立ちすくんでいた
蝉がジージーとなき、さまざまな鳥の鳴き声がこだまする
夏のひさしは強く、立ちすくんだミリーの額に少し汗が流れる
麦わら帽子がひさしを遮り、ミリーの表情は見えない。

ミリーはウッと声を悲痛な声を上げた
この残骸からはものすごい臭いがする。
何匹化かのハエがぶんぶんととんだ。
まだ母親はこの残骸の下にいる。
焼け落ちた家の残骸をよく見ると、隙間から衣服と骨らしきものが見えた
あの時のままだ。
残骸から突き出た腕だけ動物に食べられて、焼死体は押しつぶされたまま放置されている
人間も動物も母親を動かすものは誰もいないから、あの時のままなんだ
しかし母親は腐っていて、あの時よりもっとひどい臭いを発している

ミリーは燃え落ちた木片を動かそうとした。
しかし女子供の力ではどうしようもない。
あの日もこうやって動かそうとしたが、びくともしなくて、
うずくまって泣いていた。
だめだ・・・だめだ。何も変わってない
ミリーは額を手の平で隠して、泣きそうになった
するとどこからか声が聞こえた

おかえり・・・おかえりなさい・・・ミリーちゃん・・・一緒に暮らそう・・・

ミリーはハッと声を上げた。今誰かの声が聞こえた
本来であれば、セミの鳴き声にかき消されるほどか細い声だが、
それは空気を伝わるのではなく、鼓膜・・・脳内に直接声が伝わってくる
ミリーは気味の悪さに身の毛がよだった

ミリーはあたりを見回した。やぶや木の影に、瓦礫の日陰に丸っこくて黒い何かがいる
じっと目線を合わせようとすると、それはそそくさと物陰に同化して見えなくなった
クロンチョ・・・ナイトメアだ
ルッコラのナイトメアたちが自分をじっと見張っている

頬をはたいて頭を振って気を拭き締めた
ミリーが頭を振ると、頭の三つ編みがふるふると揺れる
感傷に浸っていると、ナイトメアの接近を許してしまう
自分がルッコラに戻ってきたのは、縮こまって泣くためじゃない
ルッコラをこんな姿にした連中を、皆殺しにするために修行するんだ

今やるべきことは何だ?寝床と火の確保だ
日が暮れる前に、寝泊まりする準備を始めなければならない
ミリーは立ち上がって、くるりと自分の家と母親の亡骸に背を向けて歩き出した

「ごめんお母さん。コーカスは必ず殺すから。それまではまってて」

ミリーは自宅の裏手の畑を見渡した。
その畑は、春ごろ母親とともに耕したのだが、
雑草が生い茂りどこが畑かわからないほどだった
その中心には他より茎が太く、背の高い植物が自生している
ミリーは驚いた。これはジャガイモの茎だ
花と葉っぱが落ちて、今は茎だけの姿になっている

自分の手に氷をエンチャントしてかぎづめ状にすると、地面をザクザク掘り返した。
すると丸々としたジャガイモが土の中から姿を現した
今年の春母親とともに植えたもので、ちょうど夏の今が収穫の時となる
村食いの連中は家をやき、家畜を食らいつくしたが
畑の地中にある根菜類までは根絶やしにできなかった

ミリーは掘り起こしたジャガイモの土を払い落すと、リュックサックに入れた
どこかで火を起こして蒸し焼きにすれば、立派な食事になる
貧しい農家であるミリー一家は、財産と呼べるような貴重品はなく
せいぜい農具と小さな自宅ぐらいのものだった
しかしそれらもコーカス率いる村食いに焼き払われた
そのためこのジャガイモが、母親が残してくれた最後の遺品となる

ミリーは母親が焼いてくれたアップルパイが心底恋しかった
小さな子供は一様に甘いお菓子が大好きだが、魔術師ミリーも例外ではない
しかし復讐を目指すミリーにとって、もうその思い出とも決別すると決めたのだ
母親が丹精込めた育てたかけがえのないジャガイモだったが、
ミリーはこれで食いつないでいくと思うと目の前が暗かった

ルッコラの川

ミリーは食料を調達するためにルッコラの付近に流れる川まで足を運んだ
かつてこの河川で男の子たちが集まって魚をモリでつついていた
ミリーはその光景を水くみに訪れるたびに、傍目で何度か見ていた
岩魚がいる川は夏でも水が冷たくて、こんな季節でも風を引いてて馬鹿かと思ってた

確か水の流れが緩い淵にいる鮎は突くことができない
モリで狙うのは川の流れが速い瀬にいる鮎を狙うといっていた
瀬にいる鮎は縄張りを持っており、あちこち逃げようとしない。
加えて水中に深くには逃げられないので、モリで狙いやすい

ミリーはリュックサックを置くと靴と靴下を脱いで、川辺の乾いた大きな石の上に置いた
脱いだ靴下は風で飛んだり動物に取られたりしないように、脱いだ靴に丸めて詰め込んだ
なんだか汚いような気がするが、このサバイバルの状況において、女の子を気取る必要はない
ジーンズの裾を膝の上まで上げて、ズボンが川の水につからないようにすると
素足でそろそろと清流に着水していった

川の水が流れるザーっという音が永遠と続き、あたりの木々にこだまする。
ミリーの素足は水底の細かい石の上をペタッと踏みしめる。
石の上には藻がわずかに張っていて、足裏がぬるっとして滑りそうだった
川は膝下までしかつからないほど浅いが、流れは速い

この川はミリーにとって慣れ親しんだ故郷の川ではあるが、
今あたりが無人の状況では、転んで衣服をずぶ濡れにしたり
足の裏を傷つけてしまうのは致命傷になりかねない
万全の注意を払って川の中央まで歩を進めていく

川の水はとても冷たい・・・真夏だから逆に気持ちよいぐらいだが、
春だったらあまり長く足を浸かってられなかった
水面に流れに逆らって泳ぐ魚の影が見える。あれが今夜の晩御飯だ
右の手の平に氷のマナを集めると、氷の刀剣を作り出す
魚の影めがけて刀剣を振り下ろす。
しかしその刀剣は鮎には命中せず、水面を真っ二つにかぎ分け、しぶきを上げただけだった

ミリーは苛立って何度か刀剣を水面に打ち付けるが結果は同じだった
あまりバシャバシャと派手にやりすぎたため、当然鮎は淵に逃げ込んでしまった
その鮎を追いかけようと近づくと、ミリーの足は川底にずぶっと沈み込んで囚われた
「わ!!」
ミリーは水面に顔から転んで、水しぶきがバシャっと上がった
ミリーはあわてて体を水面から引き上げると、頭も胸もずぶぬれになっていて
水がぽたぽた垂れた。ミリーは目元をごしごしした
せっかく水につからないように袖をまくって歩いてきたのに、全部台無しになった
クソ。まあいいか。汗がしみ込んだ衣服を洗濯したと思えばどうということはない

今度は流れの緩い淵の部分で鮎を狙ったが、
ミリーの刀剣は水面を掠めるだけで鮎には命中しなかった
水の深い部分は透明度が低く、鮎の姿が目視しづらいうえ
流れの緩やかな淵では、鮎が自由に動けるため、動きをとらえるのは至難の業だった

結局ミリーは2時間ほど瀬と淵の部分を行ったり来たりして鮎を追いかけまわしたが
一匹も鮎をとらえることはできなかった。
そればかりか何度か上半身まで水につかってしまい、捨て鉢になっていた
ミリーは疲れ切ったうえ、清流で体が冷え切ってしまったので
沢まで上がって、ここらで一休みすることにした
これ以上続けて日が暮れてしまったら、衣服の乾燥や料理などができなくなる
ルッコラ周辺はすでに完全な無人地帯になっているため、
夜が来ると月明かりしか光源がなくなってしまう

ミリーはバシャバシャ音を立てて川を横切って、陸まで上がっていった
入水前に服がぬれないように準備してたのに、無意味なぐらい全身ずぶぬれになっている
ミリーはあたりをきょろきょろ伺った。
ミリーがいる場所は当然目隠しなどなにもない。
裸体をさらしたくなかったが、しかしほかに誰かいるわけがない
ミリーは濡れたシャツとジーンズを脱ぐと、水けを絞った後パンパンはたいて
とりあえず、乾いた石の上に広げた
パンツもぐっしょり濡れてるので、同じようにして石の上に広げて乾かした

ミリーはびしょびしょのまま平たい石の上に飛び乗ると
犬みたい(ミリーは犬の獣人)に体を震わせて体毛から水滴を弾き飛ばした
特に頭は念入りにぶんぶん震わせて、ぐっしょりした髪の毛から水を跳ね飛ばした
ミリーの長い三つ編みと耳をぶんぶん振り回し、自分の顔とかあたまにばしばしぶつかって水滴が跳ねる
今度は頭を左右に傾けて、耳を地面に向けると、自分の耳をギュッと握って水けを絞った

ミリーは体毛が渇いてきたので、予備のパンツをはくと
なるべく自分の幼い体を露出させずに済むように、体育座りで平たい石の上に座った
自分の平らな胸をぴったり太ももに押し付けて、周りからは見れないようにする
濡れた衣服が渇くまでは、パンツ一丁でじっとしてるほかない

ミリーはぼんやりとさっきまで鮎と格闘していた川の水面を眺めていた
真夏の照りつける太陽で、冷えた体はすぐに温まったが、ミリーは疲れていた
今日は鮎が取れなかった、しかし自分の氷の魔法で解決できないだろうかと思った
超特大の氷の塊を川に投げ込めば、鮎が何匹か気絶したり地面にふっとばされて取れるかもしれない
しかしそんなことをしたら河川がむちゃくちゃになるうえに、そんな重量のある氷など自分は持てない
ここから鮎めがけて氷の弾丸を発射できないだろうか・・・
それとも河川すべてを凍らせてやろうか・・・さすがに水流があるから凍結は難しいだろうか
ミリーはそんなことを思いながら、しぶきをあげ、きらきら輝く水面を眺めていた

ミリーの背後の藪でがさがさと音がした
ミリーは背中に悪寒を感じて、その方向をはっと振り返った
風で草木が揺れてるのかと思ったが、違う
藪の特定の場所だけががさがさと揺れてる。
ミリーは鼻をくんくんさせて臭いを嗅いだ
草木の臭いに紛れて、動物の臭いが流れてくる
この臭いはまさかあの男か・・・そんなわけない
ミリーは冷や汗をかいていた

ざばっと音がすると藪の中から狼がひょこひょこ歩いて出てきた
体長60センチくらいで、単独行動しているらしい
地面に鼻を押し付けながら、くんくん嗅ぎまわりながら、こちらに近づいてくる
狼とミリーは目があった
ミリーも狼も目をそらそうとしない。
狼は確実にミリーを狙っている。
狼のような野生動物の脅威は、母親からよくよく聞かされていた
単独行動のやせた狼ではあるが、撃退できる道具を持っていないなら
成人ですら餌食になってしまう
ミリーは恐怖のあまり目をそらすことができない
しかし何とか呼吸を整えようとした
ゆっくり深く、他人が聞こえるほど大きな音を立てて一呼吸すると
ミリーの姿は足元からスウッと消えていた

狼はその光景をただ凝視していた
狼は視力はそれほど良い動物ではなく、動かない物体を認識できないときがある
狼はもう一度地面に鼻をつけてくんくんしながらあたりをうろついた
そのままミリーの脱ぎ捨てた衣服を探り当て、鼻でちょんちょんと突っついた
そしてもう一度顔を上げて、もう一度あたりを見回して静止してた

その瞬間ざくっと音がすると狼の体がほんのわずか一瞬宙に浮き、また地面に降り立った
狼は足をがたがたふるわせ始め、きゃいんきゃいんと鳴いて藪の中に逃げ込もうとした
しかし足に力が入らないらしく、ほどなくへたり込んで動かなくなった
狼が歩いた後には血の跡が続いている
消えたとおもったミリーの姿がまたスーッと現れる
ミリーはアイスブレードを振って狼の血を叩き落としながら
座り込んで動かなくなった狼を見下ろしていた
ミリーはインビジブルで姿を消し、狼の脇腹を突き刺したのだ

ミリーは村食いに襲われたときから成長している
村食いのごろつきに追いかけられているときは、怯えきっていて
透明になって隠れることしかできなかった
しかしいまさっきは隠れながらも、冷静に致命打を入れていた
この狼はミリーにとって魔法による最初の殺生の相手ではあるが
ミリーはかわいそうとか、悲しいという感情はわかなかった